2017年01月 

『平成29年を迎えて』
 今年105五歳になられる日野原重明先生(山口県出身の医師。聖路加国際病院名誉院長)が、小学校の子供たちに「命の授業」をされた時、先生が「命って何だと思う」と問いかけられました。子供たちは「心臓が止まると死ぬるから心臓だと思う」と答えました。先生は「心臓は命を動かすモーターで、とても大切ですが命そのものではない。命は自分が持っている時間です」と言われました。
 愛媛県東温市の坊ちゃん劇場で「お遍路さんどうぞ」というミュージカルが上演されています。この劇のシナリオを書かれたジェームス三木さんは、作品に込めた思いを次のように語っています。「人はみな歴史の中継ランナーです。先祖から受け継いだ大事なバトンを、子孫に渡してこの世を去ります。どうかバトンを落とさないように、投げ出さないようにしてください。人生は片道切符です。立ち止まることも、後戻りすることもできません。幸せな人生とは何でしょうか、お金でしょうか、名誉でしょうか、いいえ私が信じる最高の幸せとは、愛する誰かの幸せを守り抜くことだと思います。どうか皆さんも幸せな人生を見つけて下さい」
新しい年を迎えるにあたって「生まれてきたのは何のため、生きているのは何のためか」を、あらためて考えてみたいと思います。
『昭和からの遺言』
 映画監督の倉本聰氏が表題の本を書いています。「以前の日本は、節約が善で浪費は悪であった。その考えが180度変わり、今は節約が悪になり、浪費が善になった。もっと使わせろ、捨てさせろ、無駄遣いをさせろ、贈り物をさせろ、流行遅れにさせろ、そして、大量生産は大量廃棄を産む。欲しがりませんと云っていたあの頃が懐かしい。僕らは貧しく豊かではなかったが、何となく今よりは倖せだった気がする。笑いが深かった。涙が深かった。情けが深かった。」早くも平成29年、昭和も遠くなりました。軍部の暴走で戦争に巻き込まれ、多くの人が死に、日本国中が焦土となりました。現在は豊かになりましたが、勝ち組・負け組に社会が分断され、「今だけ、金だけ、自分だけ」といわれる価値観がまかり通る社会は幸せとは言えません、心の美しさも大切にしたいものです。
『日本の革新は国民の手で』
 京セラの創業者・稲盛和夫さんは、「日本の官僚システムは国民の手で変えなくてはいけない」と語っています。
 戦前、日本の官僚は公僕ではなく天皇に使える役人でした。戦争に敗れ連合軍が日本に進駐した時、米国は、軍隊や財閥、地主制度を解体しましたが、戦前からの「お上」意識を持ったままの官僚組織はそのまま残し、占領軍の権威を後ろ盾に国民を押さえつける道具としました。戦争で荒廃した日本で、官僚は国民を信用せず、自分たちが日本の将来を担うべきだと思うようになりました。国民ばかりか国会さえ信用せず、自分たちで法律を作ってしまうようになりました。これでは発展途上国そのものです。国民も忘れかけていますが、国会議員の仕事は議会でヤジをとばしたり、駅前でお辞儀をしたりすることではなく「法律」を作ることです。国会が法律を作り、司法がそれをチェックし、行政機関がそれを実行する。このプロセスが民主主義の柱である「三権分立」の機能なのです。日本の法律の9割は国会議員ではなく内閣の官僚の手で作られています。本当の民主政治を国民の手に取り戻すことを稲盛さんは強く訴えています。
『読書の楽しみ』社員 山内美和
 昨年の4月から、主人と二人の生活になりました。子供たちの食事の準備など時間に追われていたのが、自由な時間が出来たことで、逆に寂しさを感じ戸惑っていましたが、最近では大好きな読書の時間が増えました。読書の喜びを知ったのは小学校6年の時。家にあった三浦綾子の「氷点」でした。難しい内容で、当時どれくらい理解していたかと思うところもありますが、過酷な運命の中、前向きに生きる陽子に強いあこがれを抱きました。自分の知らない世界へいざなってくれた強烈な作品でした。中学生になり、人気のあった赤川次郎の作品や「三毛猫ホームズ」等も大好きでした。「赤毛のアン」シリーズにも嵌りました。高校時代は、図書室で三浦綾子の作品に再会し全部読みました。特に「塩狩峠」は泣きながら何度も読み返しました。読書は私にとって静かな時間で感動に心が震える時間です。登場人物の心理に思いをはせ、物語の世界に没頭します。一度読んだ本でも二度、三度目は全く違った感覚になることもあります。年末年始忙しくなりますが、読書という大好きな時間も大切にしたいと思います。