秋川会計レポート   201805

東北の地を訪ねて

 5月21日から2日間、宮城県中小企業家同友会のご協力を得て石巻市、南三陸町、福島県飯館村などの被災地の現状を視察してきました。また現地では復興の先頭に立って努力されている同友会の経営者の方々ともお会いし、被災直後の現実や復興の現状、問題点を説明して頂きました。四国各地では南海トラフ地震に備えて、大学の教授なども交えた対策が進められていますが、宮城県や福島県の経験を学び、「事前復興計画」を作り上げておくことが急務だと思われます。震災の直後は、住む家は流され、職場は壊滅し、住民が集まって復興について議論する事もままならぬ現状が続いたと言われます。そして、少なくない人々が、親戚を頼って村を離れて行き、人口の減少と共に若者が村を離れたと言います。こうした中で復興計画も住民が要求を出し合い、まとめることも困難です。例えば、高台に学校や住居を移転するにしても、土地の所有者の了解を得るのに時間がかかり復興計画の作成が遅れがちになることもあるようです。二日間の短い旅でしたが、現地で感じた事をとり急ぎ纏めてお伝えさせて頂きます。

黒々と稲田に積まれた核のゴミ 飯館村に人影見えず
原発が故郷奪う春の惨 人居ぬ里にも燕は戻りて
早七年 原発今も壊れしまま 汚染の水は海に流され

 日程の都合で、福島県では多くの地域を見ることは出来ませんでしたが、道路には放射能の数値を示す表示板があり、道の駅には、「単車での通行はやめてください」との表示がありました。空気に直接触れると健康に良くないからでしょうか。そして飯館村の水田に田植はされておらず、黒いシートに覆われた核のゴミが各所に積まれ、私たちが車で走った通りに人影はありませんでした。まさに死の村だと強く感じさせられました。

美しき海を隔てる防潮堤 なれど此処に人家は建てられず
被災地に復興住宅建ちたるも 家賃が高く住めない人も

 震災被害の激しかった石巻や南三陸町では復興の現場を見せて頂きました。私は7年前に津波で町が壊滅した直後、この地を訪れたことがあります。あの時は、殆どの家屋が壊滅して町は礫の山でした。田の中に自動車が転がっている凄まじい風景が今もまぶたに焼き付いています。現在はあの頃の姿はなく、町は再建されたかに見えます。しかし、海岸線には巨大な防潮堤が築かれ、美しい海岸は見えなくなってしまいました。関係者の話では、防潮堤は築かれ地上げして高くなったが、この地区には住宅を建てることは出来ない。今回のような津波が来たら、この防潮堤では防げず、居住区は高台に移動することになったと言っていました。そして、ここは「公園と商業区域になる」とのことでした。高齢者の多い町で遠くまで買いに来るだろうか、そんな事が頭をよぎりました。

第二の復興への挑戦
 今回の旅では、宮城県中小企業家同友会の支援で、各地の復興をリードされている経営者の方々にお会いしお話を伺うことが出来ました。石巻市で飛翔閣という結婚式場や寿司、割烹などの経営をされている杉山寛明様、仙台市で経営士事務所を経営されている八木寛彰様、南三陸町で食品会社を経営され「株式会社南三陸まちづくり未来」の代表をされている三浦洋昭様、南三陸町で丸平木材株式会社を経営されている小野寺邦夫様など、市民のリーダーとして復興の先頭に立って頑張っている優れた経営者の方々から貴重なお話を聞かせて頂きました。そのお一人、小野寺さんは、丸平木材株式会社の社長ですが、南三陸町の山主、工務店、施主達を纏め、南山陸杉のブランド化に取り組み全国林業技術コンクールで、農林水産大臣の優秀賞を受賞するなど、地域の産業振興でも活躍されています。
 小野寺邦夫さんが、中小企業家同友会で話された「地域復興のための中小企業の使命」という報告の一部を紹介させて頂きます。東日本大震災で、私は会社も工場も総て流出したが、13ヶ月後に事業を再開しました。真の復興=第2の創業への挑戦を決意しました。「南三陸町は震災によって壊滅状態になり総てがなくなってしまった。以前の町並みに戻すという幻想は無理でも、復興は出来ると思っている。しかし残念ながら被災地の復興のグランドデザインは国次第なので非常に時間もかかります。人も流出し、過疎が一気にスピードアップするかもしれない。そのような中で誰が地域を復興させるのかと言えば、やはり中小企業だと思う。現在被災地は、日本全国、または世界からも注目されています。しかし同情は続きません。長くお付き合いしていくためには、あの会社とお付き合いをしたい。取引をしたいと言う物を提供し続けなくてはいけない。そのためには『あなたの会社の強みは何か』『これからどう経営するか』『後継者は育っていますか』と否応なしに問われます。一人でも多くの若者が地域に残ってもらうためには、『働きがい』『やりがい』が世界一実感できる所に、南三陸町をはじめ、石巻、気仙沼をしなくてはならないのです」・・・今回の旅で私は、震災の中から素晴らしいリーダー達が生まれている事を実感じました。震災には国の復興資金が出ます。それには利権が付きものです。大きな災害には、大きな国の予算が付きます。そうした連中の介入を避け、故郷を子孫に引き継いで行く責任は私たちにあります。中小企業家同友会は、それに応える知識と能力と組織力を備えることを使命にしなければなりません。今回の訪問を通じて、宮城県中小企業家同友会には地域を担う素晴らしい経営者が数多く育っていることを知りました。皆様の暖かいご協力に心から感謝します。


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